OMAR BOOKS

omar.exblog.jp
ブログトップ

<   2015年 03月 ( 11 )   > この月の画像一覧


2015年 03月 28日

手がかり。

曇り時々晴れ。少し肌寒い。

ここ数日、会う人ごとの会話の密がどれも濃くて
内容をじっくり発酵中。とても価値のあるやりとりだけに
大切にしたい。

四月に向け準備中。
課題図書を読み終えた。このところどっぷりとまた浸かっていたので、
まるで遠くへ旅して戻ってきたよう。世界がちょっと変わって見える。
たまたま選んだ本なのに、内容に不思議な偶然も多くてどきどき。
それもあって以前お会いしたことのある方を探し始めたのが、
なかなか手がかりがつかめず。
まだ日があるので、縁があれば繋がるでしょう、と
気を取り直す。

〆切のものも形になって一息。
制約がなさすぎてもだめだし、決めすぎてもだめだな。
ちょっと最初に思っていたのとは違うところに行き着いた。

先日は時間作って知人宅へ。
一ヶ月目に入ったばかりのSくんにご対面。
つやつやしていて可愛かった。
君に助けられたんでした。ありがとう。

また次の課題図書へ。
スピードを上げよう。
[PR]

by suikimama | 2015-03-28 18:42 | OMAR | Comments(0)
2015年 03月 26日

 3月のスケジュール。

◎3月のスケジュール(営業時間)
3/14(土)読書会使用のため、お休み
3/16(月)定休日
3/18(水)臨時休業
3/21(土)読書会使用のため、お休み
3/23(月)定休日

3/29(日)14:00-18:30
3/30(月)定休日

[PR]

by suikimama | 2015-03-26 10:54 | OMAR | Comments(0)
2015年 03月 25日

レシート。

 天井近くまで大きくとられた窓。その外には、細かな白いものが
空中で舞っているのが見えた。窓際に寄ると、風があるせいか
下には落ち切らず、2階のここまで何度も吹き上げられている。
その正体は、遠目には桜の花びらにも見てとれる紙吹雪だった。

 まだ学校図書館に勤めていたころ、3月は司書にとって1年の内で
一番の大仕事=蔵書点検が控えている時期だった。卒業式の
その日も、割り当てられた式の仕事を終えると点検の準備をしようと
図書館に戻ってきた。体育館から送り出された卒業生が花道を
歩いている最中で、その光景を窓から見下ろしながら、いつのまにか
送る側に立っているなあ、と不思議な気持ちでその光景を眺めていた。

 自身の卒業式もよく覚えているのは、参加するはずだった両親が
どうしても共に来られない事情があり、それを不憫に思ったKおばさんが
突然花束を持ってきてくれたからだった。てっきり一人の卒業式か、
と内心寂しく思っていた高校生の私は、ふいの優しさに式中は泣きも
しなかったのに、じんわりと胸の内に暖かな何かが広がるのと同時に
目の縁が滲むのが分かった。

 それから何年か経って母校であるこの学校の図書館に赴任が決まった
のだった。過去の、ああやって花道を歩いていた高校生のころの私は、
こうしてこの窓から見下ろすことになる未来をどう想像できただろう。
そして学校図書館を離れて数年、本屋でそのときの事を思い出す
今の私をも。

 後日、そのKおばさんを訪ねた折、1枚の薄い紙切れを渡された。
つるつるとした表面の印字はほとんど消えて、かろうじて文字の跡が
残っている。なんてことない古びたレシート。彼女から渡された意味が
分からず「これは?」と聞くと「何だと思う?卒業式の、あの花束を買ったとき
のものが、この前久しぶりに着たコートのポケットから出てきてね。あとで、
ああ、と気付いて」と笑った。そのレシートの紙の白さが、通り過ぎてきた
これまでの時間を語っているかのようだった。

 学校から離れてみると、図書館での日々がひどく懐かしい。今年もまた、
あの頃の私に似た生徒が、紙吹雪が舞い散る道を歩いたのだろう。あの
白い花びらの中を。
(沖縄タイムス・唐獅子コラム 2015.3.24掲載)
[PR]

by suikimama | 2015-03-25 21:00 | 唐獅子コラム | Comments(0)
2015年 03月 21日

余韻。

雨の土曜日。
早めの店じまい。
静かな余韻に浸りながら帰宅。

本日の『10人の読書会??』題材は
アンソニー・ドーアの短編「シェル・コレクター」でした。
ライターの高橋百合香さんの進行で二時間半。
短編ながら参加された皆さんのおかげで
話の理解に奥行きが広がり、
ずいぶん深い内容になりました。
余韻の残るいい時間でした。
高橋さん、的確で温かな進行ありがとうございました!
f0234682_20374359.jpg

f0234682_20381217.jpg

f0234682_20393067.jpg

[PR]

by suikimama | 2015-03-21 20:43 | study | Comments(0)
2015年 03月 19日

確かさ。

晴れのち曇り。沖縄らしい3月。

先日訪れた某所。
気持ちの余裕ができたら行こうと思っていた。
とはいえ、〆切がせまって煮詰まっていたこともあるけれど。
濃い緑の影に隠れてひっそりとあるそのお店の入り口をくぐると、
気持ちのいい空間があった。
三時間ぐらいいただろうか。
出てきた料理は彼女の作品だった。
知人と一緒だったので、ここまでに至る個人的な経緯については
話はしなかったけれど、言葉にしなくても伝わった。
そこには追い求めてたどり着いた「確かさ」みたいなのがあった。
嘘がない、Aさんが持っているもの全てを注ぎ込んだような場所。
f0234682_155042.jpg

しっかり一人で立っている姿が自信にあふれていて、
見ていて気持ちがよかった。
自由があった。
[PR]

by suikimama | 2015-03-19 16:06 | OMAR | Comments(0)
2015年 03月 15日

読書会vol.3

f0234682_15163569.jpg

『10人の読書会―1冊の本から多様な声を聞く ―vol.3』の一コマ。
今回伊東さんを進行役に、参加者12名で読んだ題材は、
「オリガ・モリソヴナの反語法」(米原万里・著)でした。
f0234682_1517552.jpg

f0234682_15173026.jpg

[PR]

by suikimama | 2015-03-15 17:00 | study | Comments(0)
2015年 03月 11日

蕾む

 3月に入る少し前に、一気に空気が緩むのがはっきりと分かった。春が来たのだ。
 そう深く実感出来たのも、昨年末から準備していたイベントが先日無事に終わっ
たから。新しい季節の瑞々しい気配が、力の抜けた身体中の毛穴からすっと流れ
込んできたようだった。

 本屋を始めてから、なんだか知らないうちにイベントの企画から運営までを行う
ようになって数年。探り探りやっていたのが、回を重ねればそれなりに自分の
出来ること、出来ないことが分かってくる。そうすると今度はそれをどうにかしよう
などとは思わずに周りに委ねるようになった。がそこに行くまでにはいくつかの
ハードルを超え、失敗も重ねなんとか今に至っているのが正直なところだ。

「蕾(つぼ)む」という言葉がある。花が開く前の姿を蕾と言うが、その動詞が「蕾む」。
先のイベントの最中この言葉が頭の中に浮かんでは消えていた。というのもちょうど
それに前後して、自宅の庭の隅に植えられたバラの枝が蕾をつけた。存在すら知らず、
恥ずかしいほど世話はまったくしていなかったのだけれど、気付くと大粒の、
形の整った蕾が五つ。どんなに忙しくてもぱっとそれが目に入ると、大丈夫、という
気になった。堅く閉じられたもの、開く前から主役の雰囲気があるもの、小指より
小さいもの、先が少し開いたもの、大ぶりで重みがありそうなもの。お店の仕事や
イベントを控えハードな日々を送りながら、それらが少しずつ開いていくのを見ていた。

 あるときからその蕾が、これまで一緒にイベントに関わってくれた友人、知人達
のように思えてきた。彼らと仕事をしていると能力にはいろんな形があるなあと
つくづく思う。中でも気になるのは、まだ「蕾」にもなっていない前の段階。
蕾む途中にあるもの。蕾が花開けば、それを才能と呼べるかもしれないが
そこにすら達していない、その人の得意なことや他の人より上手に出来る小さな能力。
まさに蕾んでいる過程を目の当たりにしていた。もしかしたらそれがいつか蕾になって
花を咲かせるかもしれない、そんな楽しみも抱くようになった。

 一方で開かずに終わっていくのもある。蕾のまま綺麗ならそれもOK。ただ
確かなことは、そんな蕾がこの地の至るところに散らばって「在る」ということだ。
(沖縄タイムス 唐獅子2015.3.10掲載)
[PR]

by suikimama | 2015-03-11 10:25 | 唐獅子コラム | Comments(0)
2015年 03月 07日

あふれてもいい。

曇り時々霧雨。
あっという間に週末。美味しいパンを頂く。
今日は午後からずっと頭を使ったのであんこの甘さが沁みた。

先日Kさんから勧めてもらった本で今日出会った言葉。
鶴見さんの「あふれてもいいではないか」。
あふれてもいい。
これでしばらくやっていけそう。

ここのところ集中して作業したり、勉強したり、人と話しているうちに、
いろいろ先の展開が見えてきた。
今日も本の話からちょっと話し込む。
会話の感(センス)、がとてもいい子だな、とちょっと感心。
ぼんやりしていたものが引き出されるような感じがあって、
実のある時間だった。

読書会も5月までの題材も決まって
進行については調整が必要。
喜納さんに続いて、次回は伊東さんの進行で。
彼女のバイブルのような本なので、
いい会になるよう準備しよう。
[PR]

by suikimama | 2015-03-07 23:33 | OMAR | Comments(0)
2015年 03月 03日

文芸は。

曇り。風が強い。看板まで飛ばされた。

所用済ませて早めにお店へ。
本を移動したり、平台の展示を少し変えた。
この感覚久しぶり、と思いながら作業に夢中になる。
ちょうど納まりがついたところにお客さま。
初めてお話する方だったけれど、
お会計のときに言ってくれた言葉に思わず胸がつまる。
ありがとうございます。
ミシマ社さんの新しい試みもこれから始まるよう。
今後が楽しみ。こちらも頑張ろう。

最近はまた文芸は面白い、といろいろ読み始めた。
イギリス文学もしっかり勉強したい、というのもあって、
こちら『柴田元幸さん選書*イギリス文学ベスト21』を
展示中。
四月の新刊が楽しみなカズオ・イシグロやほかコンラッドなど。
今月いっぱいやっています。
f0234682_1524299.jpg

[PR]

by suikimama | 2015-03-03 15:40 | OMAR | Comments(0)
2015年 03月 02日

あとがき

 どういう訳でそうしていたのか今では思い出せない。というのは新しい本を買うと、
まず本文より先にページの終わりの方から読み始めていた時期があった。
何故かあとがきや解説を読んでから本編を読むことに悦に入っていたが、
最近は元に戻って素直な小学生のように、順にページを捲っている。

 武田百合子さんの名紀行エッセイ『犬が星見た ロシア旅行』を読み終えたとき
そのことを思い出した。哀しいかな、時々作品そのものより、あとがきや他者が
寄せた解説を面白く読む事があるが、今まで読んだ中でもこの『犬が星見た』の
あとがきは別格で、私の中でその不動の地位はたぶんこれからも変わらない。

 「これ、先週の」と今日もいつものようにYさんから、書評の切抜きが入った紙袋を
渡された。Yさんは白髪の最年長の常連さんで、今ではお店のちょっとしたご意見番の
ような存在。よく文学作品や作家についてお話をすることがあり
(こちらは聞いていることの方が多いけれど)、このあとがきも話題によく出てくる。
私より遥かに読書歴が長いYさんはよくこの作家の文才は天性のものだねと言う。
「はあ、そうなんですか」と気の抜けた返事しか私は出来ないが、武田作品を
読んでいると言わんとしていることは伝わってくる。

 この紀行エッセイは作家の夫・武田泰淳そしてその友人らと晩年ロシアに
旅したときの日記がまとめられたもので、この中に出て来る人々の多くは
この世を去っている。旅先で彼女が見聞きした出来事が自由奔放に綴られていて、
読者の旅心を刺激する。この旅で出会った登場人物たちの描写もまた魅力的で、
旅も終盤に近づくに連れこちらまで一抹の寂しさを覚えた。

 あとがきではその旅が終わって、
「もしかしたら星など見えはしないのかもしれないが、そうとしか思えない
格好をしている犬を見かける」
と広い道のまんなかで無防備に夜空を見上げる犬に、遠い国で好奇心の赴くままに
旅をした著者自身をなぞらえている。
「私だけ、いつ、どこで途中下車したのだろう」という最後の文章。ひとつの旅の終わりが
彼、彼女たちの人生の終わりをも示唆し、読む人に深い余韻を残す。

 ただ現実の人生には「あとがき」はなく、「今」しかないなと思いながら
最後のページを閉じた。
(沖縄タイムス2015.2.24「唐獅子」)
[PR]

by suikimama | 2015-03-02 16:27 | 唐獅子コラム | Comments(0)